「礎の礎」展 “EXHIBITION MOTO NO MOTO”

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2016年8月10日(水) 〜8 月15日(月)

「礎の礎」展
“EXHIBITION MOTO NO MOTO”

  これまでたどってきた歩みも、年齢も、描く絵も、まったくちがう私たち。
私たちが出会ったのは、神保町にある「美学校」の「造形基礎Ⅰ」という教場でした。
1年間おなじ教室で描く中で、おたがいの作品から「おお、そんな発想があるのか」と新鮮な刺激を受けあい、おたがいを鏡としながら「自分のカタチ」を求めて制作に取り組んできました。
そんな「造形基礎」を学んだ私たちが、さらに「それぞれのカタチ」をさぐるグループ展が、この「礎の礎」展です。
4人が、それぞれの「礎(いしずえ)」=「もと」につながった作品を創ろうと取り組む作品展だから「もとのもと」と読んで「礎の礎」展。
お楽しみいただければ幸いです。

2016年8月 「礎の礎」展 “EXHIBITION MOTO NO MOTO”

池田和秀 春日井さゆり 小島茉莉子 高橋塁

DM_B面(礎の礎展)

プロフィール&作家メッセージ

■池田 和秀 Kazuhide Ikeda

<プロフィール>
1967年生まれ。7年前にパステル画を習い始めたことをきっかけに絵を描く魅力に惹きこまれ、以来、アクリル画、日本画などを学びながら絵画表現を探究してきました。美学校で鍋田庸男氏および斎藤美奈子氏の教程に学び、2016年3月に修了。これから本格的に作品の制作・発表をしていきたいと踏み出したところです。

<作家メッセージ>
「目は口ほどにものを言い」「目は心の鏡」などの言葉があるように、目には「その人」の内面が表われると言われます。古今東西たくさんの人物画があるなかで、目だけで「その人」を伝えてみたいと取り組んだのが、今回の出展作・まなざしのシリーズです。
子どものころから、「相手の目を見て話しなさい」とよく言われてきましたが、「目力(めぢから)」という言葉がふつうに使われているように、目には独特の力があり、目を見ることは、実のところそう簡単なことではないと思っていました。目を見る行為の水面下では、見る側の内面の状態や、相手との関係性が作用している、だから、私は目を描くことに挑みがいを感じるのです。
この営みが作品として成立するには、自分の「礎の礎」から出てくる力が試されるなあと思うばかりですが、いつか絵画の山脈につらなる表現にたどりつきたいと思っています。

◆春日井 さゆり Sayuri Kasugai

<プロフィール>
1987年 名古屋市生まれ
名古屋市立工芸高等学校デザイン科卒
美学校「造形基礎I」修了

<作家メッセージ>
日々感じる風景、光、感触、高揚、色、形、を
もの、記憶、モチーフ、ものと過ごす空間、を
手がかり、磁石、指示器として、
集めたり、切り取ったり、組み合わせたり、してみました。

◆小島 茉莉子 Mariko Kojima

<プロフィール>
1995年  東京都出身
2015年度 美学校「造形基礎Ⅰ」修了

<作家メッセージ>
私たちの「礎(もと)」とは、何でしょうか?
それは、とうに忘れてしまったものな気がする。
けれど、なんとなく覚えている気もする。
はたまた、そんなものは元より無いのかもしれない、とも思う。
今回は自身の「礎」を探りながら、ただただ絵を描きました。
私の「礎」と、絵を描くことの「礎」がどこかで交錯していることを願います。

◆高橋 塁 Rui Takahashi

<プロフィール>
1990年 北海道生まれ
2015年度 美学校 「造形基礎I」 修了

<作家メッセージ>
山の上から「おーい」と大声をあげると、どこか遠くで「おーい、おーい」と空虚な反復が鳴り響く。
かつてこの現象は、山のなかに居る何者かが真似をして声を返してくるのだとされ、その姿の見えない何者かは「山彦」と名付けられた。
その途方もない軽さと無意味な情緒を纏った返答は、どこか遠くの山奥の一点から反響してくる。
そこでは、山頂から叫ばれた第一声にはいくらか備えられていた人間味や個性、そして言葉の意味が無慈悲に濾過され、ほとんど裸の音そのものにまで還元されてしまう。
剥ぎ取られた意味の切れ端をわずかに握った裸の音は、山彦の声帯から放たれたのち、山のなかに響き渡り、山頂を通過して、どこかへ霧散していく。
第一声とは遠く離れた場所で、山彦の声が空虚に鳴り響き、私たちはそれを聞くともなく耳にする。
――――

山の日の制定を記念しまして、やまびこをテーマにした展示を行います。
これまで絵を中心に制作してきましたが、今回は写真の作品になります。

みなさま、よろしくお願いいたします。